舟 運

天明五年幕府は舟による輸送を業とする者から、役銀を徴収するために、関八州、伊豆、駿河、越後の河川沿岸で調査を実施した。この年四月、新発田藩鳥原村でも、幕府役人により営業用船の所有状況調査が行われた。鳥原村では、中之口組庄屋七郎左衛門はじめ一五名が、計一五隻の田舟を保有していた。田舟の所有者は村の中でも一部の者にかぎられ一種の資産であった。調査書によれば、これらの田舟の積載量は、米四斗入り一俵から四俵までであった。用途は田畑への客土運搬や、作物の輸送に使用する農作業で、渡舟や漁労用ではなかった。このため、舟による輸送業を営む者とはみなされず、役銀は賦課されなかった。また、これらの舟を作る舟大工については、新発田領の調査は見当たらないが寛政三年の村上領味方組の調査によれば、白根村に九名、味方村に一名、黒鳥村に一名いることが分かる。

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