事 件

嘉永二年、新潟町の孫太郎は、村上領味方村へ荷物を舟で輸送した帰り、池之端領金巻村付近の中之口川で、水除け杭に舟を乗り上げ、川へ転落し行方不明となった。捜索のため、新潟町会所は孫太郎の衣類などをしるした文面を関屋村から金巻村に至る信濃川両岸の村々へ回覧した。嘉永三年、戸石新田で難船。八名溺死。この日は小須戸町の市日で市帰りの者が多く、渡し船をまちかね村から能代船を出し、乗り合わせた本職の船頭が操船せず転覆したのであった。嘉永四年、赤渋村笠巻川で難船。七人溺死。飲酒のうえ乗船した者が船上で踊り始めたために、船中浸水した。船越番にあたっていた二名は杖三〇に処せられた。新発田藩は渡し船の転覆事故の多発に対して、気象や船員定員に気をつけて運航するよう、領内庄屋検断へ通知した。事件の発生は、気象条件や船員人数、船頭の操縦技術などが関係していた。

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